これはたぶんに気まぐれな行為だから、専業主婦にとっては、時には“いい気なもの”と感じられるだろう。しかしその気まぐれ性も、誰がどれだけ調理に参加するかという量的な貢献度も、この際、問題ではない。大切なのは、義務としての部分はとにかく、調理そのものは楽しいものでもあり得るという感覚が皆のものになることである。この感覚は、私的生活行為が神や国家や公的なものに根拠を求めることなく、それ自身として生の意味を満たさなければならなくなった時に、本当に必要とされるようになるであろう。
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こう言うと、かなり抽象的だが、それは決して遠い将来のことではない。ぼくを含めて多くの男たちは、これまでのように仕事のためとか会社のためという理由だけでは自分の生の意味を満たしきれないことを感じはじめているからだ。ぼくは自分自身の生活感覚を裏切ってまで女性の味方ぶるのがいやなので、やや偽悪的にこの一節を綴ったが、それでも、男たちがここに書いたような過程を経て真のマイホームにめざめることこそが、回り道に見えても結局は、男と女の歴史的和解の早道なのではないだろうか。
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